の眼は何処か物哀しく何処か優しく何処か恐ろしく輝いた。そして自分に杯を差しながら『君はきつと聞いて呉れる、わかつて呉れる。お前にだけ話すのだからきいて呉れ。俺の愚痴を聞いて遣つて呉れ。』と言ひながら長々しいその経歴を物語つた時自分はこの男の正体の余りにも奇怪なのに戦慄した。以下はその物語であり文中『僕』としたのは彼自身の事である。
(二) 考古学者と伯爵令嬢
僕は名を戸田元吉と云ふ一考古学者である、と云へば却々偉さうに聞こえるが実はほんの道楽者である。と云ふのが僕の家は可成りの資産家で次男に生れた僕にも一生の生活には決して困らない丈けの分前がある所から大学を出は出たが、何一つ学んだ所なく出てからも何一つ是と云ふ仕事もしないで遊んで居るのである。しかしとに角職業に選んだ丈けに考古学や歴史には随分熱心であり小さな研究は絶えず遣りそれが為一年の三分の二は旅行に費やした。大学を出て二年目に僕は或伯爵の娘を妻に貰つた。この妻の豊子は少年時代からの知合で僕の世界中で最も好きな女であつた。僕は豊子の事を語り出づる時激しい苦痛なしでは居られない。此最愛の女を僕の此手が殺してしまつたのではないか、
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