易ならぬ悪運命の底を経て来た人間である事を見てとつた。そして非常に興味を持つて来た。『まあ君飲み給へ。』と杯を差せば男の恐ろしい容貌には或優し味が浮び、たゞ一息に呑み乾した。そしてじつと自分を見守つたが『ね君。俺は狂人ぢやあ無いんだ。決して決してさうではないんだ。』と言つたその眼には涙がにじんだ。その刹那自分はこの酔漢が溜らなく哀れになつて来た。抱きしめてつく/″\泣きたい様な気持になつて来て『さうとも、君が狂人な物かB』と叫んだ。徳利を更へる時分には自分はこの男を今夜わが家に連れ帰る事に決心してしまつた。『ねえ君。僕のうちへ行つてまた飲まうぢやないか、え、僕は独りぽつちなんだ。淋しくて溜らないんだ。君来て呉れるね。君。』すると此男はしばらくぼんやりした大きな眼で自分を見たが強くうなづいた。自分はすぐ二人で此居酒屋を出た。この男を扶けながら電車通りまで出ると、もう十一時であつた。リキユールを一本買ひ電車に乗りやがて自分の画室に帰り着いた。這入るなり彼は『お前は好い絵描だねえ。』と叫んで自分の首を抱いて頬を吸つた。ストーブを燃やしリキユールの杯を前にした時、彼は如何にも酔ひ果てて居た。そ
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