て追ひ付いて抜け過ぎる瞬間、その男の横顔を覗き見た自分は思はず一条の水の奔ばしる様な戦慄を禁じ得なかつた。この世の物とも見えないばかりに青いその顔は、酒の為か不思議な金属的光沢を帯びて居る。暗中でよくはわからないが、真珠の如く輝くおぼろなる其眼の恐ろしさは、一秒も見続ける事が出来ない程だ。背高く年三十代の全体に何となく気品ある様子が自分の好奇心をひいた。自分はそこまでわざと男の後になつてそれとなく尾行して行くと男はあつちへよろめきこつちへよろけつゝ約一丁ばかり歩いたが、そこの見すぼらしい居酒屋の障子を見ると立止まつた。そして顫ふ手で障子を開けて中へ入らうとする途端『あゝまたいつかの狂人が来たよ。』といふ声が聞えて、男は力一杯外へ突き出された。そしてどすんと自分の胸に撞き当つた。自分は『どうしたのだ。』と酒屋へ這入つて問うた。『何あに、是は正真の狂人なので乱暴して困る物ですから。』とお神さんが弁じるのをなだめて、自分はこの男を酒屋へ連れ込んだ。ランプの光はこの男の全体を明かにした。自分は更に驚いた。狂人と呼ばるゝこの男の外貌に、如何にも品よき影の見える事である。自分は直覚的にこの男が或容
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