をうばつたのだ。たとひそれが野宮の暗示に依つて行はれたとは云へ現在この自分の手からそれ等の人々の黒血はわが良心に向つて絶えざる叫びを上げるのである。僕は無自覚なりし以上五箇月の所業を自己意識を得て後悉く明かに回想し得るのである。是れ程残酷な事がまた世にあらうか。
僕はそのまゝ痛む身体を以て麓まで下りた。けれど警察では僕の言を信じなかつた。僕は東京へ送り帰された。僕は極力自己の罪ある事を述べ立てたが誰も信ずる者はなかつた。僕の所業一切は彼野宮光太郎の所業として扱はれた。そして警察は僕が妻の死を悲しんだ余り精神錯乱せる者と見倣してしまつた。僕は遂に狂人にされてしまつた。
以上がこの酔漢の物語りであつた。自分は聞き終つた時世の運命の残酷なる斯の如きものあるかと思つて慄然たらざるを得なかつた。翌朝目覚めたる彼は自分の留めるのもきかず無言のまゝで出て行つた。自分はあとを追つて外へ出て見るともう彼の姿は見えなかつた。自分の心は何となく暗くなつたのである。それから二日目の朝の新聞紙に彼の失踪広告が出て居た。自分はすぐ彼が自分の画室に宿つた事を知らせて遣つた。然るにその手紙も未だ着かざる可きその日
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