女を手づから殺害したのである。実に僕は不思議に殺人に対する才能をこの山に入りこの行者と共に生活する内に得てしまつたのであつた。かくて僕も遂に『殺人行者』となりすました。そして僕の一生はこの残忍なる快楽生活の内に盲目とならうとした。
あゝしかし天は僕を救つた。今の此苦痛の海中を潜るが如き生活にしろ兎に角尋常の生活に僕を復して呉れた天に僕は感謝する。五箇月目の或雪の日僕は独り今は全然廃荘となつて鼠一つ住まぬかの山荘へ来た。そして妻を殺した場所に独り佇んだ。その時俄に発した全身痙攣の為に地上にひつくりかへつた僕は、そこの大きな岩で酷く頭を打つて一時気絶してしまつた。ふと眼が覚め痛む身体を押へつゝ立上つた。
(十一) 狂人か将酔漢か
僕はほつと息をしつゝあたりを見まはした。其時僕は始めて覚めた。一切から覚醒した。野宮の恐る可き魔術の暗示は今頭を岩で酷く打つた拍子にその効果を失つたのであつた。僕は静に過去の悪行を考へた。第一に豊子の事を思ひ、涙はさめ/″\と凍れる我頬の上を伝つた。『許して呉れ。豊子。』と僕は叫んだ。二度も三度も大声で叫んだ。俺はわが妻を殺したのだ。何十人と云ふ罪なき生命
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