もなかつた。力なく立上つて山の方を見つめるとかの怪しき信号の燈はもう消えて居た。ぽんと背中を打つ者がある。驚ろいて振りかへると、そこには黒装束をした者が盒燈を提げて立つて居た。『誰だ。』と僕が顫ふ声で叫んだ時人物は燈を高く差上げて自己の顔を照らして見せた。野宮光太郎の鋭い相貌が真青な光を帯びてそこに笑つて居た。

(十) 殺人行者の仲間入り

 僕はその夜の内にかの山中の洞穴へ連れて行かれた。今から考へて見ると僕の真の意識はかの野宮に始めて会ひ人事不省に落ちた時以来野宮の恐る可き催眠術の為に何処かへ隠れてしまつて居たのであつた。実に浅ましい事には僕は妻を殺害した事に就て或感動は受けたが、何の悔恨の情も起らなかつた。
『さあもう俺は君を君の妻君の手から奪ひとつたのだ。是から君はこの洞穴に住まはなければならないのだ。』野宮が言つた時僕はもう此うなれば仕方がない。俺は野宮の云ふ通りにならうと決心してしまつた。そして野宮に是から永久に離れまいと答へると彼は満足げに微笑した。そして二人は酒を飲み再び兄弟の約束を誓つた。野宮はすつかり彼が首領たる賊団の秘密を語つた。それに依ると彼には十人の秀でた手
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