『ほんとに変な方ね。』と言ひながら尾いて来た。

(九) 青鞘の短刀で一刺

 我々の家の庭前は崖の上にあつて面積が随分大きい。そして起伏限りなく夜などは懐中電燈でもなければ危険である。僕は豊子に言ひつけて懐中電燈を洋服のポケツトからとりに遺つた。彼女は走つて行つたが、やがて手に電燈と、もう一つ変な物とを持つて帰つて来た。それは青い皮の鞘にはまつた一振の短刀である。
『貴方これどうなさつたの。洋服のポケツトから出てよ。』僕はびつくりした。『俺も知らないよ。一寸見せろ。』調べて見ると、是は刺すのに使ふ西洋式の実に鋭利な短刀である。変な事もある物だ。あの洋服ももう四五日着ないのだが、ひよつとするとあの山中の洞穴の中で入れられたのかも知れない。恐ろしい気持でそれを懐中し二人は庭に出た。今夜の天はすこし雲つて真の暗黒である。かなたを見ると山の影がおぼろに黒く空に立つて山中の深夜の威圧は限りなく身にせまつた。二人は無言で歩き廻つた。やがて庭園の最端谷を直下に見下ろす場所に来た時谷を見下ろして居た僕はふと一つの真紅の燈火が向ひの山の中腹の辺に点つて居るのを見つけた。よくよく見るとその燈火がしきりに
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