是だけの事である。その夢を毎夜きつと見るのである。しかしいつもの自分ならそれを変だと感じもしようが妙ちきりんな状態にある僕はそんな事は格別気にも掛けないで矢張りのらりくらりと絶えず落着かず、少し本を読んだかと思ふとすぐ煙草を眩ひする程吹かす、画を描くかと思ふと鉄亜鈴をいぢる、その内に眠る、すぐ醒める、殆んど狂噪の状態であつた。かゝる状態にあると云ふ事は自分によくわかつて居るのである。しかもそれを好んで遺る様な二重の精神状態になつて居るのであつた。
 こんな有様で四日は過ぎた。五日目の朝になると僕は激しく四日前山中で会つた事物を思ひ出した。そして何とも言ひ難い恐怖に打たれた。『この山荘に居ては必ず何か危険があるのだ。第五の夜半にはつまり今夜にはまたお前は野宮と顔を合はせなければならぬのだ。だから早く今日の内に山を下りてしまへ。一刻も早く早く。』と内心の声が僕を叱咤する、その癖僕は相不変のらくらとその日を送つてしまつた。その日妻は殊の外打沈んで居たがじつと自分の顔を見つめては、『貴方どうかなさりはしなくつて。眼が妙に血走つてゝよ。』と云ふのである。豊子は余り僕の調子が異常なのですこし心配し
前へ 次へ
全28ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
村山 槐多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング