掛けると彼は微笑した。そしていきなり椅子を進めて僕の両手を握り占めた。『俺が何故こんな場所に居るか。現在の俺が何であるかを君に明に話さう。俺の事をこの辺り一体の人間共が「人殺しの行者」と異名して居る。それは真実だ。俺は人を殺したい為に此んな穴の中に潜んで居るのだ。』
僕は青くなつた。さてはかの噂に聞いたる大賊の首領と云ふのは実は僕の常に慕つて居た昔の義兄弟であつたのか。僕は昂奮して勝ち誇れるが如き彼の面を見つめた時に突如強い意志が心中に現はれた。すでに僕には今最愛の妻がある。今此処に居る美しく強力なるわが友は嘗てはわが世界の占有者であつた。しかるに今はわが世界は豊子の物である。野宮はすでに他人である。しかも悪む可き大犯罪人である。僕は断じてこの友に抗しよう。僕が沈黙せるを見て彼は再び怪しく微笑んだ。そして握つた手を固く振つて言つた。『君は今まで一刻も僕の事を忘れた事が無かつたらう。僕も一刻も君を忘れ得なかつた。そしてかくも再会の日は来た。君と僕とはまた相別れる事なく共に生きて行かうではないか。僕が今切実に君に教へる事がある。それは実に地上最高の歓楽だ。それは殺人の歓楽を君に教へようと
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