めを解いて呉れた。『随分年をとつたね。』と言ひながら別の椅子を僕にすゝめ、さて席定まつて彼と僕とはつく/″\と見つめ合つた。僕はたゞ茫然として何の考も出ない。唯彼の相貌が著るしく鋭利に神経的になつた事に特に気がついた。そして段々見て居ると彼が如何にも美しくなつた事がわかる。僕は嬉しくなつた。長い間気に掛け会ひたく思つて居た彼に、かく相対し得たと云ふ満足が彼の現在の位置に関する疑問をも僕の心に起させなかつた。
『君と此処で会はうとは思はなかつた。』と僕は言つた。すると彼は静に言つた。
『否。俺はこの再会をとうから予想して居た。よく君は来て呉れた。そらいつか俺が君と別れる時言つた言葉を覚えて居るか。あの時君が必ず俺の或運命にたづさはる可き事を予言したが果して[#「て」は、原文では「た」]君は来たね。是は実に必然の事であつた。』かく彼が言つてその眼光を僕の心の底深く投げた時、僕ははつと此奇異なる地底の人物が僕と昔容易ならぬ交情のあつた人物である事を意識しそれと共に『現在の彼』に対する責任と疑問と警戒の念慮が胸に湧き起つた。非常に不安になつた。『全体君は現在何の為にこんな所に居るのだ。』と問ひ
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