れる可き日は来た。別れる日彼は真実に涙を眼に浮べて僕の手を握つたので僕も泣いてしまつた。その時彼は次の如き事を厳かに言つてきかせた。『俺は俺自身で或恐ろしい運命が未来に横はり、俺はどうしてもその運命の中に生きなければならない事を直覚する。そして君も必ずその運命にたづさはる事であらう。我等の再会は必ずさう云つた場合に来るであらう。』と。僕はどう云ふ意味だかよくわからなかつたェ、そのまゝ別れた限り遂に今まで会はなかつた。彼が東京へ出て間もなく、ある争闘をして人を斬り行衛不明になつたと云ふ噂と共に彼の消息は絶えてしまつた。僕はやがて高等学校に入り東京で生活する様になつてからも、彼の事は決して忘れる事が出来なかつた。彼の名を思つても涙がにじむ程の思慕が、いつになつても止まなかつた。それは大学を出る頃までも続いた。そしてどうかして一目会ひたい会ひたいと思ひ度々探して見たがわからなかつた。しかし妻を貰つてからは一度も彼の事を思はぬ様になつて居た。その彼に、あゝ今この怪しい地下室で遇ふとは実に夢の様である。
(六) 俺は人殺しの行者
『おゝ君は元さんではないか。』と彼も叫んだ。そしてすぐ僕の縛し
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