を上げてこの男の顔を見上げるとふとその顔に見覚えのある様な気持がした。そしてじつとその顔を打眺めた。未だ三十代の、若い鋭い顔立の如何にも威ある男である。その眉は濃く眼は帝王の様な豪放な表情を有つて居る。忽ち僕は思ひ出した。『さうだ。是は彼だ。是こそ久しく会ひたく思つて居た彼の野宮光太郎だ。』と。
(五) 不良少年と美少年
此で僕は話をすこし変へなければならない。それは未だ僕が中学の三年時分であつた。僕は当時中学によくある様に美少年だと云ふ評判を専らにして居た。多くの年長者から愛せられたが此野宮光太郎程僕に深い感銘を与へた人物は無かつた。彼は当時五年級であつた。教師側からは蛇蝎の様に思はれて居た不良少年であつたが、奇体に生徒間には神の様な権力を振つて居た。まつたく彼には不可思議なチヤームがあつた。彼は沈黙家で色青白く常に恐ろしくメランコリツクな顔つきをして居た。腕力は恐る可き物があり柔道撃剣ランニングあらゆる運動に長じて居た。彼はよく争闘をしたが非常に遣口が残忍執拗で、彼と喧嘩した者は必ず恐るべき苦患を受けなければならなかつた。学校教師さへ彼に向つては何事も命令されない位彼を恐ろし
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