した。土を元通りかぶせると急いで墓地を出た。俥をやとつて富坂の家へ帰りついた。
 家へ這入るとすつかり戸締りをしてさてハンカチーフから肉を取り出した。先づ頬ぺたの肉を火に焼いた。一種の実にいゝ香が放散し始めた。俺は狂喜した。肉はじり/\と焼けて行く。悪魔の舌は躍り跳ねた。唾液がだく/\と口中に溢れて来た、耐らなくなつて半焼けの肉片を一口にほほばつた。此刹那俺はまるで阿片にでも酔つた様な恍惚に沈んだ。こんな美味なる物がこの現実世界に存在して居たと云ふことは実に奇蹟だ。是を食はないでまたと居られようか。『悪魔の食物』が遂に見つかつた。俺の舌は久しくも実に是を要求して居たのだ。人肉を要求して居たのだ。あゝ遂に発見した。次に乳房を噛んだ。まるで電気に打たれたやうに室中を躍り廻つた。すつかり食ひ尽すと胃袋は一杯になつた。生れて始めて俺は食事によつて満足したのであつた。

 (六)

 次の日俺は終日掛かつて俺の室の床下に大きな穴を掘つた。そして板で囲つた。人間の貯蔵室を作つたのである。ああ此処へ俺の貴い食物を連れて来るのだ。それがら吾眼は光つて来た。町を歩いてもよだればかり流れた。会ふ人間会ふ人
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