て人肉は食はぬ。俺はコンゴーの土人ではない。善き日本人の一人だ。』が口中にはかの悪魔が冷笑して居るのだ。かゝる耐へ難い恐怖を消す為には始終酔はなければならなかつた。俺は常に酒場《バー》に入浸つてどうかして一刻でも此慾望から身を脱れようとした。が運命は決して此哀れむべき俺を哀れんで呉れなんだ。
 忘れもしない去年の二月五日の夜であつた。酔つて酔つぱらつて浅草から帰りかけた。その夜は曇天で一寸先も見えぬ闇黒は全部を蔽うて居た。この闇黒を燈火の影をたよりに伝ふ内、いつの間にやら道を間違へてしまつた。轟々たる汽車の響にふと気づくと、いつの間にか日暮里ステーシヨン横の線路に俺は立つて居る。俺は踏切を渡つた。坂を上つた。そして日暮里墓地の中へ這入り込むとそのまゝ其処に倒れてしまつた。ふと眼を開けると未だ深々たる夜半である。マツチをすつて時計を見ると午前一時だ。俺は大分醒めた酔心地にぶらぶらと墓地をたどつた。突然片足がどすんと地へ落ち込んだ。驚いてマツチをすつて見ると此処は共同墓地で未だ新らしい土まんぢゆうに足を突つ込んだのであつた。その時一条の恐ろしい考へがさつと俺の意識を確にした。俺は無意識にす
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