ついてこの方、たった一夏でも、雷から解放された夏なぞというものは、私にはかつて覚えなかったが、この夏だけは私にとっては、まったく、雷を意識の外に逐《お》いやった、極楽のごとき夏だった。その代り、恐ろしく暑っ苦しいこと夥《おびただ》しい夏でもあった。
このステノグラファーは、西班牙人だと思ってたら、なんと、智利《チリー》生まれだということが、後でわかったが、なあに智利だって西班牙だって、人種に代りはない。同じラテンだから、私にとっては、カルメンさんの情熱だったということになるのであるが、私は誰にでも、逢う人もって、雷のことを聞くのが痼疾《こしつ》だから、もちろんこの女を掴《つか》まえても、忘れずに雷のことだけは、根掘り葉掘り聞いた。
「夏のマドリードの雷は、酷《ひど》きや?」
「オウ! ……時々《サムタイムズ》……」
なんて具合にネ。
「バルセローナは?」
「ヤッパリ、時々……」
「どのくらい酷きや? 卒倒するくらいか?」
「ワタシ雷《サンダー》デ引ッ繰リ返ッタコト、ナイカラ、ワカラナイ。チョウドココグライ……モット酷イコトモアル」
野尻湖の雷と、女は比較しているのであった。
「リ
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