ャラおやじだが、雷だけは性に合わんのだな! と、子供心にも、憐れんでいてくれる様子である。
ゴロゴロと遠くの方でやり出すと、大丈夫だヨ、大丈夫だヨ、お父さん! 今日はこっちの方角だから、そう大して、鳴らないよ! と、中学二年の末っ子などは、御注進に駈けつけて来てくれる。
「バカバカ、何言ってる、大きな声を出して! そんなことなんぞ、お父さんは心配してるんじゃない!」
と、えらそうな顔をして見せたっておっつかぬ。
「なァンだい、人がせっかく、親切に教えに来てやったのに! さっきから、そんなところに突っ立って、空ばっかり見てるじゃないか!」
と、子供は膨れっ面《つら》をする。困ったオヤジです。いくら体裁をつくったって、子供の方がよく知っとる。
弱将の下、強犬なし
私は、デカという、頗《すこぶ》るもって強豪な中型の秋田犬を飼っている。こいつのオヤジは、昔間違って、狼罠《おおかみわな》にかかってキャンキャン啼《な》き叫んでいたが、誰も助けに来てくれないと知ると、罠にかかった自分の脚を、自分で食い切って、三本脚でビッコ引き引き戻って来たという剛《ごう》のものだけに、このデカの強いことも、また無類である。
どんな大きな犬と噛《か》み合いをやっても、まだ一回たりとも、音《ね》を挙げたためしがない。負けても、相手に食いついたっ切り離れないのだから、抛《うっちゃ》っとけば、命のほどが危ない。こっちが青くなって、必死に引き分けてやるほど、気性の敢為な獰猛《どうもう》極まる奴であるが、このデカ先生もまた、生得、雷様がお嫌いらしく思われる。ピカピカとくると、たちまち犬舎を飛び出して、どっかへ姿を晦《くら》ましてしまう。
夕立ちが済むと、ノコノコと、どこからか現れてきて尻《し》っ尾《ぽ》をふったりジャレついたり、ハシャギ廻るのであるが、どこへ行くのか、初めのうちはなかなかわからなかった。が、最近、やっとわかったのは、このデカ氏はピカピカゴロゴロの間中、光の届かぬ椽《たるき》の下の一番奥の方に身を潜め、息を殺しているわけなのであった。
なるほど、弱将の下[#「弱将の下」に傍点]、勇卒なし[#「勇卒なし」に傍点]とは、よくいったもんだ! としみじみ感じたのであるが、こいつもやはり、雷様のお通りになった後は、爽涼感と蘇生と二重の喜びを、感じるらしい。恐怖の去った後でハシャギたくなるのは、何も人間だけとは限らねえもんだな! と、つくづくそう感じたことである。
電車で逃げる
今では、もう観念したのと、年を取って、逃げ出すのが億劫《おっくう》なもんだから、夕立ちになっても、死んだ気で、家《うち》にじいっとしているが、ここまで精神修行をするには、随分私も苦労したものであった。
以前は、一天《いってん》俄《にわか》に掻《か》き曇って、ゴロゴロゴロゴロ鳴り出すと、とてもじっとして、家になんぞ、落ちついていられるもんではない。大急ぎで着物を着換えて停車場へ駈けつける。省線電車に乗って雷の来ない方へ逃避をやらかして、我が家の方の夕立ちが済んだ頃を見計らって、晴れ上がった西の空に、七色の虹《にじ》を望みながら、悠然と御帰館相成ろうという寸法であったが、問屋がそう旨《うま》く卸してくれぬことがあって、一度|酷《ひで》え目に遭ったことがある。
西南はるかな空がかき曇って、ドロンドロンドロドロということになったから、例のごとく停車場へ急いだと思いな。何でも高円寺に住んでいた頃であったが、中野、東中野、大久保と、電車の行く先もって天地|晦冥《かいめい》、ガラガラピシャン! と、今にも顔の上へ落下してくるかと、安き心地もなく電車の中で首を竦《すく》めていた。どうも、四谷、飯田橋、お茶の水方面の空が、黒雲に掩《おお》われてると思ったから、新宿でコースを変えて、池袋方面へ逃げた。ところが、ゴロゴロピシャリはなかなかもって、新宿どころの騒ぎではない。行く手も後方もピカピカと、雲を劈《つんざ》く稲妻に囲まれて到頭進退|谷《きわ》まって、御徒町《おかちまち》で電車を降りて、広小路《ひろこうじ》の映画館へ飛び込んだら、途端にバリバリズシーン! と、一発落下した。
この時だけは、よくも気絶しなかった! と、後で自分ながら感心したことであったが、プツッと映画が切れて、暗黒の中で観客は、もう、映画どころの気分ではない。アハハと泣き笑いみたいな、悲愴極まる声を出して、キナ臭い匂《にお》いの中で騒いでいる。そこを逃げ出して、途方に暮れつつ電車に乗って、晩の十時頃やっとの思いで、雷も立ち去ったろうと、恐る恐る高円寺の駅まで帰ってきたことであったが、駅を出てみると、あの土砂降りの大雷雨にもかかわらず、不思議や! 駅前の土は、少しも濡れていない。
松虫鈴虫が
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