るが、上《うわ》の空だ。一切の思念がことごとく雷にばかりいってしまう。ピカッと光るたんびに、五体が竦《すく》む。ハッとしどおしで、眼を閉じてみたり、胆《きも》を冷やしたり、鳴り始めてから鳴り終るまで、雷《らい》さまのことばかり、考えている。
 今のは、どの辺で鳴ったのかな? もう、頭の上へ、戻ってきたんだろうな? 今のは光ってから口の中で、十勘定してから鳴ったから、大分遠のいたか知れん? なぞと夢中で考えてるから、人から何か聞かれても、トンチンカンな返事ばかりする。夕立ちが済むと、私はもう芯《しん》が疲れて、グッタリして、道の十里も歩いたほどに、へとへとになる。
 そのくせ、雨雲が切れて、陽《ひ》の光が、さっと樹間《このま》から洩《も》れて、音が大分遠のいた頃から、無暗《むやみ》やたらと、精神が爽やかになって、年甲斐《としがい》もなく、ハシャギたくなる。今日はまあ、これで救われたと思うと重荷を下ろしたように吻《ほ》っとして……、夕立ちがきて涼しくなったのと、雷から解放されて蘇生した喜びとで、人の知らぬ二重の爽快感を、私だけは味わっているわけなのであるが、今まで憂鬱《ゆううつ》千万な顔をして黙然《もくねん》と死んだようにヒシ固まっていたオヤジが、急に気も軽々とハシャギ出すのは、よほど滑稽《こっけい》なのであろう。
 雷が済んだから、お父さん、吻っとしたろう? なんて子供から冷やかされる。子供も五つ、六つ、七つ、八つくらいまでは何とかゴマカス手もあるが、もう二十歳《はたち》、二十一となってはゴマカシても、とてもおっつくものではない。
「お父さんは、子供の時分に、お前たちのお祖母《ばあ》さんが、あんまり雷を怖がったもんだから、それがお父さんにまで、伝染して、もうどうにも直らんよ! お前たちはお父さんみたいに、なってはいけない! 雷を怖がるのは、お父さんだけにして、お前たちは怖いものなしに、のんびりと、大きくなるんだぞ!」
 と、仕方がないから雷の時だけは、オヤジの威厳を棄てて、私は子供たちと、友達づき合いをする。
 有難いことに、ふだん私は、子供に呶鳴《どな》ったこともなければ子供に説教したこともなく、子供と友達みたいにして遊んでるもんだから、雷に首を竦《すく》めていたからとて、子供たちはこのオヤジを、そう馬鹿にしてる様子もない。癇癪《かんしゃく》持ちの一方ならぬ、ガムシ
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