[#地から2字上げ]橘商会拝
 てなわけなのであるが、十銭切手を貼《は》ると、世界中どこでも、郵便の行く時代であったから、私はこれを至るところへ飛ばせてくれた。印度《インド》から注文《オーダー》が来ても、タイから引合いが来ても、平気の平左で「雷の話」という本を、一心に読み耽《ふけ》っている社長が、気が狂ったように雷の問合せばかり全世界に発送しているのであったから、タイピストはクスクス笑いを怺《こら》えているし、こういう問合せを貰《もら》った外国の商館でも、さぞかし面食らったことであろう。
 なんだ俺の取引相手は、日本の貿易屋じゃなくて、気象台だったのか? と、眼を廻したかも知れぬ。が、外国人のことだから百本くらい出したのに、十五、六本ぐらいは、律義に返事をよこしたように、覚えている。前にも言ったように、何のためにそんな問合せを出したのやら、雷が鳴らないところがあったら、そこへ移住しようという肚《はら》があったわけでもないし、手紙を出した当の本人に、出したわけがわからんのだから返事などももちろんもう忘れてしまったが、今でも覚えてるやつだけを二つ三つ並べてみようか。
 ヴェネズエラ、カラカスの商人 鳴る、鳴る、盛んに鳴るヨ。
 和蘭《オランダ》、アムステルダムの商人 鳴ります。
 瑞西《スイス》、ベルンの商人 鳴る、ビュッヒュウと鳴る。
 笑わせちゃいけない、瑞西の雷は、ビュッヒュウと鳴るんだそうな。
 印度、ボムベイの商人 強大に鳴る。天地も破れんばかりに鳴る。
 この返事を読んだ途端、将来洋行しても、ボムベイだけは絶対行かぬと私は決心した。
 タイのバンコックの海軍の軍医少将で、シュミトラさんというオッサンは、何か私が日本の間諜《スパイ》で、タイの気象状況でも知りたがっていると勘違いしたのであろう。遺憾《ベリイソーリイ》ながら、余は気象上の通報を認《したた》むるの自由を有せずと、恐ろしく堅っ苦しい返事をくれた。
 弊商会は雷に興味を有せずなんて、怒ってきたのもある。亜米利加《アメリカ》のオレゴン州ポートランドのオッサンは、いかにもヤンキーらしく、まず貴下の学界における地位を明示せよ。余は、恐るべき著述を贈呈せんと言って来たが、私には学界に地位がねえから、今もって恐るべき著述を送って来ん。ウルグアイ、モンテヴィデオの、ドン・ペドロ何とかいうオッサンは、なんとハヤ、書簡
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