がたり》に現れたる、私の雷観」というところであろうか。しかし私の考えは、間違っていたことに、気がついた。

      全世界の雷研究に及ぶ

 抱きつかれた瞬間、心臓は恐怖とアレの二重働きをせず、恐怖はどこかへ行って、もっぱらアレに一重働きをするから、決して、心臓麻痺の心配は要《い》らねえということに、気がついたからであった。そこで、私自身の体験へ、移ろう……。と、言ったところで、誰も私なんぞに、抱きついた女があったわけではない。
 選《よ》りに選って私ごときクマソタケル然とした男に抱きつく女なぞのあろうはずもないことであるが、今から一昔の前、西班牙《エスパニア》の公使が、フランコ政権を代表して、日本に駐※[#「答+りっとう」、第4水準2−3−29]《ちゅうさつ》していた時分であった。この公使館に、頗《すこぶ》る優美な女がいた。明眸皓歯《めいぼうこうし》、風姿|楚々《そそ》たる、二十三、四の独身の秘書《ステノ》であったが、私は、この|お嬢さん《セニョリータ》に、ゾッコン上せあがってしまった。
 瞳の黒い、笑うと可愛《かわい》い靨《えくぼ》を、にいっと刻むなんてなことになってくると、雷の話をしているのか、|お嬢さん《セニョリータ》の惚《ほ》れ気を語っているのか、わけがわからなくなってしまうが、わたしこの夏は二十日間ばかり、休暇が貰《もら》えますのよ。どこか日本の景色のいいところ、案内して下さらない? なんてなことになったから、バカな私は有頂天になって、オウ、イエス、シュア、シュア! とばかり、身銭を切って恐ろしく方々へ、この秘書を引っ張り廻してくれた。
 大島へ行って、三原山の噴火口を覗《のぞ》かせて、富士山麓の河口湖《かわぐちこ》へ行って、野尻湖《のじりこ》へ連れて行って、最後に、松島へすっ飛んだ。夏だから、大島の元村で、ゴロゴロピカッ! 河口湖で、もっと酷《ひど》いやつをピシャンバリバリ! 野尻湖ときたら、天地も砕けんばかりのやつを、ゴロピシャッ!、しかし割合、平気でしたね。あの恐ろしい雷が、この夏だけは!
 何ともないデス。なるほど、上せあがった時は、心臓は恐怖を忘れて、アレの方へばかりドキツクということを、私は身をもって体験したわけであったが、このお嬢さんが亜米利加《アメリカ》へ行っちまったら、また駄目だ! たちまち私の心臓はまた、恐怖専門へ逆戻りした。物心
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