パセニアを釣《つ》ったような気がして、悪いことでもいったような気がして、しばらく私はぼんやりと突っ立っていました。もう手紙を続ける気もしなければ……さりとて彼女を追って行くだけの勇気はなく……と、申上げましたら、先生、貴方は私を、なんて情熱のない、老人《としより》臭い引っ込み思案な男だろう! と、お思いになるかも知れません。そして、そのとおりなのです。
 ですからその時も、私自身、そう思いました。こんなに熱情は、私のからだの中を駈けめぐりながら、なぜもう一歩というところで私には、男らしく踏み込む気力が、ないのだろうか? そのただ老人臭く、自制心ばかりが湧《わ》いてきて! おそらくそれは、私の親が私のこととなると人一倍ヤカマシクてユーゴのどんな名流であろうとも、九州の片田舎に住む混血児《あいのこ》の娘との結婚なぞを、許してくれるはずがないという諦《あきら》めが、私の心のどこかに巣食っていたからかも知れません。それ以上の無責任なことをいって、相手を不幸に陥れまいとするばかりの警戒心が、絶えず私の心の中一杯に、とぐろを巻いていたせいかも知れません。ともかく小さい時から親に可愛《かわい》がられ
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