それが六蔵でしょう、私に目礼しながら六十ぐらいの頑丈そうなオヤジが、大きな板切れを出しました。
「じゃそれをうかべて頂戴《ちょうだい》! 流すんだから」
「ようごぜえますか? じゃ、水を、出しますだよ……よっこらしょと! ――」
と、六蔵の手が捲き揚げ機へかかって、ガラガラと重い水門の扉が、少しずつ開き始めます。ヒタヒタと、やがてチョロチョロと……次第次第に水嵩《みずかさ》を増して、やがて板切れは矢のように、流れ出しました。
「ほうら、速いでしょう? あんなに速く……もっともっと水が増すと、ボートや板に乗って、ちょうど、あのくらいの速さで、下るんですのよ。……ね、ほらほら、あんなに速くなるでしょう……?」
手を叩《たた》いてスパセニアがハシャイでいるとおり、なるほどこのスリルと爽快味《そうかいみ》だけは、見たこともない人には、到底想像も及ばぬでしょう? 次第次第に水嵩と速度を増して、板切れは視界の向うに、見えなくなってしまいました。
「あの速さで四里|下《くだ》って、大野木の池まで行けば、どんな暑い日でも寒けがするくらい、涼しくなりますわよ。ね、暑い日が来るまで、遊んでらっしゃいよ
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