ゆぶね》からざぶざぶと湯がこぼれて、まるで温泉場みたいだなと、不思議な気がしていたのです。
父親の好みで拵《こしら》えた温泉だったのかも知れません。泉質はリューマチを患っている祖父に、一番効く食塩泉だというのです。
「温泉があって、泉質がいいばっかりに、発掘権を手に入れて、別荘のつもりで、ここを建てましたの。とても父が、気に入ったもんですから、それで観光地も作ろうという気になって……。
日本にはほんとうの外人向きの温泉がないから、ホテルを拵えてここへ日本一の温泉場を作って、祖父や叔父叔母みんなを連れて来て、喜ばせてやろうって気になりましたの。それで湖を買ったり、断崖《だんがい》に階段をつけさせたり、手を拡げ出したんですわ。でもその時分は、向うから持って来たお金もありましたし、ユーゴからお金も自由に取り寄せられましたから、ちっとも困りはしませんでしたけれども、大東亜戦争に入る半年ぐらい前から欧州からの手紙も送金も、パッタリ途絶えてしまって……。
独逸《ドイツ》は、前からソ連や英国と戦っていましたから、戦局の具合で国内が混乱してきたのではなかろうかって、心配して手を尽してみても、東欧
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