》は一頻《ひとしき》り雨が降っていましたが、この辺にも烈《はげ》しい夕立ちがあったのでしょうか? 空が曇って、低く雲が垂れて、しかもその曇った雲の切れ目から薄日が洩《も》れて、一際濃い彼方《かなた》の山の中腹から、麓《ふもと》を照らし出していたもの凄《すご》さ……凄《すさ》まじさ……その山を背にして、しょんぼりと松の木の下に立っていた二つの墓! 物心ついてからまだ私は、あんな凄愴《せいそう》極まる景色は見たことがありません。
 もう、くだくだしいことは申上げませんでも、先生にはおわかりになるでしょう。私は道後《どうご》まで逃げて来たようなものです。道後まで逃げて来ても、まだ気が落ちつかず、父を促して東京まで逃げて来たようなものでした。
 先生、私はさっきいいましたでしょう? ジーナやスパセニアの写真を五、六枚撮りましたけれど、その後二年ばかりたって、竦然《ぞっ》とするような事件のために身震いして、ことごとく燃やしてしまいました、と。その時に、みんな燃やしてしまったのです。そして、燃やすことのできない、銀の|襟飾り《ブローチ》だけは……あのスパセニアが、自動車の窓から投げ込んだ銀の|襟飾
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