られたというのです。
「東水の尾の混血児《あいのこ》娘たちア、何であんなところにいつまでもこびり付いてるんだろうなア、一匹売り、二匹売り……もう馬だって一匹しか残ってやしねえや!」
と、この村でも噂しているものがあったというのです。
農場の農夫たちは、父親の在世中から、もう疾《とっ》くに散り散りバラバラになっていましたが、この頃から馬丁《べっとう》の福次郎も、水番の六蔵も山を降って、あの淋《さび》しい山の中には、ただ娘たち二人っ切りが住んでいたのですが、しかもそのうちに、仲のいいこの姉妹《きょうだい》の間に争いが起ったらしく、あろうことか、あるまいことか! 妹は到頭、姉を撃ち殺してしまったというのです。
もちろん、人の往来《ゆきき》とてもないこの山の中ですから、その時はスグにそんなことがわかったわけではありません。が、後になって、小浜《おばま》の警察署から刑事たちが登って来て調べたところでは妹が姉を殺したのは、おそらく今年の四月中頃ではなかったろうか? という推定だったのです。
姉の亡くなった後も、一週間か十日ばかりは、妹の姿が……白い馬で、村の郵便局へ通って来るのが見受けられました。よほど東京からの手紙を待っていたらしく、四里の道をほとんど毎日のように、通って来るのが見受けられたというのです。姿を見せなくなった最後の日なぞは、まだ何にも来ていないと聞かされると、ハラハラと涙をこぼして、しばらくは立ち去れずに、郵便局前の電柱に凭《もた》れて泣いていたと、見て来た人が村にもあるというのです。
前にもいったとおり、この話はこの石屋の伊手市《いでいち》という男が、自分で見たというわけではなく、主に村の噂《うわさ》を中心として聞かせてくれたことなのですが、
「どうも旦那《だんな》さんを前に置いちゃ、いいにくいことでやすが……」
と前置きして言葉を続けるのです。
噂では何でも、前々年の夏とかに、東京から米た大学生とかがあって、その大学生が姉の方にも、妹の方にも調子のいいことを並べ立てて立ち去ったばっかりに、姉妹ともそれを真《ま》に受けて、初めは父親の死後も二人で仲よく轡《くつわ》を並べて、郵便局へ手紙を取りに来ていたが、姉妹間に争いが起ったというのもその大学生が両方にいいことを並べたばっかりに、姉は大学生が自分を思っていると思い込み、妹の方は自分を思っていると思い込んで、お前がいるからあの方は来て下さらないんだわ、いいえ姉さん、貴方《あなた》がいるからよ、といい争いが昂《こう》じて、勝気な妹が、到頭姉に拳銃《ピストル》を向けるようなことになったのではなかろうか? と、この邸《やしき》の馬丁をしていた福次郎が、この村へ来た時に、知り人に話していたというのです。そして赫《か》っとした弾みに、姉に発射はしたものの、やっぱり大学生からは何の音沙汰《おとさた》もなく、父も姉もいなくなった淋《さび》しさに堪え切れずに、その勝気な妹も湖水に身を投げて死んでしまったのではなかろうか? という福次郎の話だったというのです。
しかし福次郎とても、家が焼けてしまってからは、農場の農夫や、水番の六蔵ともども大野木村の開拓民たちのところへ行って、滅多に山へ上ることもないのですから、詳しいことを知ろうはずもありません。ただ、多分そうであろうという推察だけなのですが、ここにその推察を裏書きするものは、さっきもいったとおりに……。
十二
「そ、そこんところは藤《とう》どん、わっしから且那に申上げよう。わっしは、現にこの眼でお嬢様たちの死体の上がったところを、見てるだから……」
と、亭主の言葉を引き取って、石屋の伊手市が膝《ひざ》を進めました。
姉妹《きょうだい》間に殺傷が行われて、姉の姿が見えなくて妹も入水《じゅすい》したらしいという風評を耳にした刑事や巡査の一隊が東水の尾へ登って来たのは、五月の六日頃……明日《あした》は水の尾村の鎮守のお祭りだというその前の日でした。
日傭《ひよう》で雇われて手伝いにいったものは、大野木村から平戸の農民たち四、五人、山から降りていた馬丁《べっとう》の福次郎と、水番の六蔵、この村からはその時用があって小浜《おばま》にいっていた、この石屋と、もう一人庄どんという農夫の、二人だったというのです。
「その庄吉は、一昨日《おととい》からこの先の鰍沢《かじかざわ》さいって、まだ戻んねえでやすが……」
湖は周囲一里半、山の影を映し、森を映して静まり返っていましたが、二、三日前に降った雨が、湖岸の森や林を洗って、殊《こと》にくっきりと鮮やかさを増しているように思われました。
水番|小舎《ごや》の付近に繋留《けいりゅう》された小舟四隻に分乗して、湖心に漕《こ》ぎ出しましたが、湖底へ碇綱《いかりづな》を下ろす必
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