…恐ろしいこんで……恐ろしいこんでございます。よっぽど、御用心なさらぬといけません……。且那様、それはもう容易《ただ》ごとではございません」
「しかし……しかし……あの木の下から曲ったところで……赤名山という山の麓《ふもと》を曲った辺に家を拵《こしら》えて住んでるといった……確かにそういった……」
「家ではございません……お嬢様のお墓がそこにございます……お墓が二つ、並んで建っております……ああ、旦那様は魅込《みこ》まれておいででございます……旦那様があの道をお通りになったんで、それでお嬢様たちが出ていらしたに違いございません……ともかく旦那様、えらいことでございます。詳しいことを知っておりますものが、スグ向うに住んでおりますから……今、その人間を呼んでまいりますから、チョックラお待ち下さいまし」
魂も身に添わぬらしく、またソソクサと亭主は出ていってしまいましたが、夢に夢見るような気持で茫然《ぼうぜん》としているうちに、私にも、自分の顔色が変ったのが、自分ながらわかるような気持でした。
なるほどそういわれてみれば、あるいは、ジーナもスパセニアも死んでいるに違いありません。さっき逢《あ》ったあの顔! あれは確かに、この世の人間の顔ではありません。久々で私に逢いながら、あの青白い顔……沈み切った力ない顔……ほほえみながら口も碌々《ろくろく》きかずに……。
しかも、その二人が怨《うら》んで死んでいったと、さっきの亭主の言葉を思うと同時に、歯の根も合わず、ガタガタと私も烈《はげ》しくからだが震え出しました。
やがて亭主と一緒に入って来たのは、四十七、八、これも同じように、田舎者まる出しの朴訥《ぼくとつ》そうな、印半纏《しるしばんてん》を着た小肥《こぶと》りのオヤジでした。
「旦那《だんな》様、この人が石屋の伊手市《いでいち》どんといいまして、あすこのお墓を刻んだ人でして……詳しいことを、よう知っとりますで……」
私が、ジーナとスパセニアの亡霊に見送られて来たということを、もう亭主が口走ってしまったものとみえて、ほかに三十二、三になる農夫|体《てい》の男が一人、田舎者の無作法さでノッソリと座敷へはいって来て、腕組みをしながらその伊手市どんという男の背後《うしろ》で、聞き耳を立てています。そして、気味が悪くてこれも一人ではいることもできないのでしょう、青い顔をした内儀《かみ》さんまでが、いつの間にか、はいり込んで来て、恐ろしそうに肩をすくめているのです。ハハア、さっき障子の陰で聞き耳を立てていたのは、この女だなと気が付きました。
「石橋様のお嬢様がお亡くなりになったチュウことを、旦那様はなかなかふんとうになさらねえということでやすが」と、その伊手市どんという男が話し出しました。
「藤《とう》どんのいうこたア、確かにふんとうの話でやすで……」
藤どんというのが、亭主の名前でしょう。
「水番の六蔵どんや、馬丁《べっとう》の福次郎どんに頼まれて、わしが現にこの手でお嬢様たちのお墓を刻んだでやして……」
重い口でポツリポツリと話し出しました。もう姉妹《きょうだい》の死を疑うところはありません。いいえ、疑わぬどころか! 凄惨《せいさん》とも、陰惨とも、申訳ないとも、気の毒とも……聞いているうちに私は、何ともかともいおうようのない気がしてきたのです。
この男たちが、自分自身見たのではありませんから、痒《かゆ》いところへ手の届くようなというわけにはゆきませんが、ともかく村の噂《うわさ》によると、石橋様のお邸《やしき》は、何でも去年の九月頃とかに火を出して、全部燃えてしまったでやす……というのです。そして焼けた後しばらくは、近くに馬小屋とかがあって、馬丁のいたその一間《ひとま》に、石橋様というお大尽《だいじん》も、お嬢様たちも住んでいられたようであったというのです。が、やがてその石橋様というお大尽は、ある日、湖の近所で拳銃《ピストル》で頭を打ち抜いて自殺してしまわれたというのです。
噂では、何でも欧羅巴《ヨーロッパ》の何とかいうムズカシイ名前の国に長いこといられて、その国一番とかいうもの凄《すご》いお金持でいられたが、戦争でその財産が滅茶滅茶《めちゃめちゃ》になってしまったのと、もう一つは、広大な地所を売り、柳沼を売り、大野木の開墾地まで手離して、金を注ぎ込んでいられたマンガン鉱山とかが思わしくなく、それやこれやで、気がおかしくなって、自殺されたらしいという噂だったというのです。
父親の死後も、娘たちは二人で、その馬小屋の部屋に住んでいたようでしたが、その時分、大野木村の郵便局へよく二人連れで馬を並べて、郵便物を受け取りに来る姿が見られたというのです。そして、東京から郵便が来てるはずだがと、来るたんびに気にかけて問うていたのが、見受け
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