《じしょうち》ですかい?」
 その道もない草の中を、あっちへ行き、こっちへ曲り、二年昔の朧《おぼろ》な記憶を呼び起してやっとのことで、例の、向うに赤松の丘を眺《なが》める、ホテルの建築場跡の広場へ辿《たど》り着くことができました。鉄梁《ビーム》や鉄筋の残骸《ざんがい》があり、鉄柱が峙《そばだ》ち以前と何の変りもありません。ただ相変らず人気《ひとけ》のない淋《さび》しさのみが、沈々として身に迫ってくるばかりです。
「ほう! こんなところになア……こういうものがなア……へえ!」
 と車を降りて来て、運転手も感に堪えて、穴の端に佇《たたず》んで工事場跡を眺めています。

      十

 ここで車を返して、私は彼女たちの住居《すまい》の方へ足を向けました。もう、そう遠い道ではありません。期していたこととはいいながら、寂寥《せきりょう》とも寂莫《せきばく》とも、何ともかともいいようのない孤独さです。ただ夏草だけが、人の胸のあたりまでも茂って、松の梢《こずえ》を鳴らしてゆく風の音が、魂に沁《し》み入るような気持です。
 が、目前に迫った彼女たちとの再会に胸を躍らせて、別段私は淋《さび》しいとも思いませんでした。淋しいどころか! 今日来るとも予期していない彼女たちの背後《うしろ》へ回って、ワッと驚かせてやる時のことを考えると、喜悦で胸もハチ切れんばかりの思いです。優しいジーナは、あの艶《あで》やかな眼に涙ぐんで、凜々《りり》しいスパセニアは、涼しい瞳に一杯涙を溜めて、さぞびっくりして喜んでくれるでしょう。
 鬱蒼《うっそう》とした山の陰が、いよいよ眼の前に近づいて、いつか初めてスパセニアに連れられた、あの白砂利の道に出て来ました。左手へ曲ったそこに、いよいよ御影石《みかげいし》の舗道《ほどう》が見えて……、もう歩いているのももどかしく、私は走り出しました。
 見覚えのある太い門柱が、陽《ひ》を浴びて立っているのが眼に入ってきました。叫びたいのを我慢して、一気に駈《か》け上って行った途端……呀《あ》っ! と叫んで、私はへなへなと崩おれてしまいました。見よ、見よ! あの瀟洒《しょうしゃ》な家が全部燃え落ちてしまって! ただ二本の門柱と鉄柵《てつさく》のみが、悄然《しょんぼり》と立っているばかり……そして焼け跡には、混凝土《コンクリート》の土台だけが残っているばかり! 眼に入る限り、荒涼とも落莫ともいわん方ない、ただ無残な一面の廃墟《はいきょ》です。
 茫然《ぼうぜん》として私は、突っ立っていました。やがて気が付いて、中へはいってみました。真っ黒に焼けた柱の燃え残りが、あちらこちらに不気味に突っ立って、テラスの混凝土《コンクリート》の床《ゆか》だけが残っているのが、何ともいえぬ凄惨《せいさん》さです。
 よほど火の回りでも早かったのでしょうか? ことごとく焼失して、在りし日のあの豪奢《ごうしゃ》さ、瀟洒なぞというものは跡形もありません。しかも焼け跡を歩き回ってるうちに、またもや私はおや! と眼を峙《そばだ》てました。
 焼け跡には、名も知れぬ雑草が一杯にはびこって、白、黄、紫の小さな花をむすんでいるのです。とすれば、ここが焼けたのもまた、昨日や今日のことではありません。何カ月か以前……尠《すくな》くとも半年やそこいらは、過ぎているはずです。さっき来る時に見た、あの溝渠《インクライン》の底に雑草が茂っていたことといい、何かそこに妙な関連があるような気がします。
 そうするともう彼女たちも父親も、ここには住んでいないのでしょうか? やっぱりみんな、東京にいってしまったのでしょうか? それならなぜ私に、住所を知らせてよこさないのでしょう? 人に知らせもくれないで……! が、突然|五月《いつつき》ばかり前、スパセニアから受け取った葉書を思い出しました。あの夕方門の前に佇《たたず》んでいた以来は、何の消息《たより》もありませんが、しかしその五月前の葉書には、確かに南高来《みなみたかき》郡大野木村郵便局|留置《とめおき》と、いつもの住所が書いてあったのです。と、すれば、二人ともやはりこの辺のどこかに住んでいるはずです。その葉書には、いつものように、ゼヒゼヒイラシテクダサイ、オマチシテオリマス……と書いてあったのです。
 来い来いといったところで、新しい住所を教えてくれなければ、訪ねて行けないじゃないか! と一瞬私は、腹立たしい気になりました。焼け跡に何か、立ち退《の》き先でも残してないか? と調べてみましたが、それらしいものも見当りません。ともかく、こうなれば、どこに彼女たちが住んでいるかを探すことが、第一の急務です。ああ、自動車を返すんじゃなかった! とじだんだ踏みたいような気になりましたが、いくら後悔したからとて、もう追っ付くものではありません。
 
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