抜いて、我儘《わがまま》なくせに人一倍気が弱くて優柔不断な私には、もうそれ以上に踏み出すことが、どうしてもできなかったのです。そのくせ、自分ながら物足らぬ自分の性格に腹が立って、ぼんやりと突っ立っていたのです。
 そして私は一体、スパセニアが好きなのかジーナの方が好きなのか? またもやわからなくなってきましたが、今思えばもしあの時、もっともっと突っ込んで、私が自分の意志を表明してさえいたら、あるいはこんな惨劇も起らなかったのではなかろうか、という気がしてなりません。それを考えて、すべてのことは、みんな私自身の煮え切らぬ性格から招いた罪のような気がして悔まれてならないのです。

 と病人は昔のことを思い出したのか、苦しげに言葉を切った。
「お疲れならば、しばらくお休みになったらどうですか?」と私は勧めた。
「また後で伺った方が、よくありませんか?」
「いいえ、かまわないのです、どうせ同じことですから」と、病人はいった。
「じゃ、ちょっと、枕の具合だけ、直してもらいますから。……松下さん、ここを……」
 看護婦が、枕の具合を直す。
「ともかくそういうわけで……」
 と病人はまたボソボソと、話し始めた。
「私には、ジーナにも突っ込んだことがいえなければ、スパセニアにもそれ以上のことが、何にもいえなかったのです。ですからジーナもスパセニアも、あるいは私の態度が不満だったかも知れませんが、しかしその時は別段そういう素振りも見えませんでした。
 そして私だけのつもりでは、姉妹《きょうだい》と相変らず楽しい日を送っていたつもりでしたが、そうしてまたも四日ばかりもうかうかと送って、私がこの家へ来てから都合十三日ばかりも、日がたった頃のことのように思われます。
 その時分に、大野木までいった水番の六蔵が、父からの手紙を齎《もたら》してきました。スグに帰って来いという文面です。ほんの七、八日、長くても十日ぐらいのつもりで家を出て、母も心配し切っているし、そうそう学校を休んで遊んでいるというのも、ふだんのお前にも似合《につか》わしからぬこと。ともかくこの手紙を見次第、スグに帰って来い。もし何だったらこちらから、迎えを出してもいい。お前の御世話になっている石橋さんというお宅へは、ほんの心ばかりの品をお送りしておいた。よろしくお礼をいって、スグに帰って来なさい。
 という手紙です。私は父や母
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