っぱり、日本人離れのした肝の大きなものだな! とつくづく舌を捲《ま》かずにはいられなかったのです。
大野木村の入口には大きな池が掘ってあって、そこへこの溝渠《インクライン》の水は流れ込んで、そこから幾つかの小川に分れて、開墾地を灌漑《かんがい》してるというのですが、その途中にも二里くらいのところに、かなりの混凝土《コンクリート》の池がもう一つ設けられて、矢のように下《くだ》っていった舟はそこへ水煙立てて滑り落ちる、涼味スリル万斛《ばんこく》のウォーターシュートの娯楽施設を、兼ねているというのです。もちろん、ホテルの客の娯楽を目的としたものに違いありません。
「あすこに建ってるでしょう? 石造りの小屋が……」
なるほど、物置小屋の二倍くらいの建物が、水辺《みずべ》に建っています。
「あれが、自家発電所になってますの。あすこで、電気を起して水門の調節をしたり、家《うち》へ電気も点《つ》くように、なってるんですけれど、戦争中からやってませんの。じゃ、今、爺《じい》やに捲き揚げさせますわね……あ、何か板切れでも、あるといいんだけれど……」
「嬢さま、これじゃ、どげんもんじゃろうかね?」
それが六蔵でしょう、私に目礼しながら六十ぐらいの頑丈そうなオヤジが、大きな板切れを出しました。
「じゃそれをうかべて頂戴《ちょうだい》! 流すんだから」
「ようごぜえますか? じゃ、水を、出しますだよ……よっこらしょと! ――」
と、六蔵の手が捲き揚げ機へかかって、ガラガラと重い水門の扉が、少しずつ開き始めます。ヒタヒタと、やがてチョロチョロと……次第次第に水嵩《みずかさ》を増して、やがて板切れは矢のように、流れ出しました。
「ほうら、速いでしょう? あんなに速く……もっともっと水が増すと、ボートや板に乗って、ちょうど、あのくらいの速さで、下るんですのよ。……ね、ほらほら、あんなに速くなるでしょう……?」
手を叩《たた》いてスパセニアがハシャイでいるとおり、なるほどこのスリルと爽快味《そうかいみ》だけは、見たこともない人には、到底想像も及ばぬでしょう? 次第次第に水嵩と速度を増して、板切れは視界の向うに、見えなくなってしまいました。
「あの速さで四里|下《くだ》って、大野木の池まで行けば、どんな暑い日でも寒けがするくらい、涼しくなりますわよ。ね、暑い日が来るまで、遊んでらっしゃいよ
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