るもんだなと、思いました。
「怖《こわ》くないんですか?」
 とまた喉《のど》まで出かかって、私は呑み込んでしまいました。幾度聞いてみたからとて、そんなことは同じ返事だからです。優しい顔をしながら、肝《きも》の太いもんだなとつくづく舌を捲《ま》きましたが、娘二人は慣れ切ったもので、何の物|怯《お》じするところもなく、私に電蓄をかけて――父親が拵《こしら》えたとかいう、電気代りの回転装置をかけて、耳慣れぬユーゴの流行唄《はやりうた》の二つ三つを聞かせてくれたり、それが終るとまた三人で食卓を囲んで、湯気の出るスープや鶏《チキン》のソテーや、新鮮なアスパラガスやセロリーのサラダなぞ……。
「こんな不便なところで、食べ物は、どうするんですか?」
 と聞いてみましたら、別棟《べつむね》に住んでいる馬丁《べっとう》や農夫たちが、二日おき三日おきに馬で四里離れた大野木まで買い出しに行くというのです。麺麭《パン》は家で焼かせているし、野菜はこの向うに農場があって、そこでセロリーでもパセリでもアスパラガスでも作らせているから、ちっとも不自由しないということ。
「手紙もやっぱりいったついでに、郵便局から取って来ますの」
 ユーゴとはまだ、戦争中の断絶した国交のままになっているから、滅多に来ることもないけれど、それでも偶《たま》には向うで伊太利《イタリー》領のトリエステまでいって飛行機に積むとみえて、どうかした拍子には来ることもあるというような話なぞを、してくれたのです。
 寝るのにはまだ時間が早いし、父親は戻って来ませんし、食事の済んだつれづれに、しばらく二人と雑談していましたが、その時私は初めて、この辺一帯の土地が――昨日私が降りて来た周防山《すおうやま》のこっちから、海の方は遥《はる》かの断崖《だんがい》の下まで、そして北は四里先のその大野木という村の入り口まで、もちろん今父親のいっているという、そのマンガン鉱の山まで含めてこの広大な土地が、全部この家の物であるということを知ったのです。
「ほう! 大変なもんですね。それじゃ貴方のお家は、大金持じゃありませんか」
 と私は眼を円《まる》くしましたが、
「別段、お金持じゃありませんわ。……ただ地所が少しあるというだけですわ……」
 と姉娘のジーナは穏やかに、ほほえんでいるのです。何万エーカーとか、何十万エーカーとかいいましたけれど、そ
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