ていた原因が、今やっと腑《ふ》に落ちてきたのです。
東|欧羅巴《ヨーロッパ》のユーゴ・スラヴィアという、日本にも馴染《なじみ》のない国の建築だったのです。
さて、腹も張って他愛もない雑談を交えているうちに、昨夜|藪蚊《やぶか》に食われて碌々《ろくろく》眠ってない顔に、眩《まぶ》しい朝暾《あさひ》が当ってくると、堪《たま》らなく眠くなってきて……娘たちにも私の疲れているのが、わかるのでしょう、一眠りして行けと、勧めてくれるのです。
「父が、いってましたわ……途中で道が分れてますから、後で誰かにお送りさせるって……わかるところまでわたしたち、連れてって上げてもいいですわ、……一眠りしていらっしゃい!」
初めての家で、そんな迷惑までかけては済まないと思いましたけれど、こう眠くてはヤリキレマセン。ついでにこれも、好意を受けることにしました。
姉娘の導いてくれたのは、スグそこの階段を上った、二階の取っ付き部屋でした。緋《ひ》の絨毯《じゅうたん》を敷き詰めた洋間でありながら、ブェランダ紛《まが》いの広い縁側がついて、明け放した大きな硝子《ガラス》戸からは海や谷底を見下ろして、さっきよりもっと眺望のいい部屋でした。
部屋の真ん中には、真新しい敷布《シーツ》に掩《おお》われた大きな寝台《ベッド》が据えられて、高い天井や大きな家具、調度類……皺《しわ》くちゃになった襯衣《シャツ》のまま、横になるのが憚《はばか》られるような、豪華さでした。さて、そうして寝台に身を投げてはみましたが、その時の私の気持を、何といい現したらいいものでしょうか?
子供の頃に読んだ千一夜物語《アラビヤン・ナイト》の中には、バグダッドの町を彷徨《さまよ》い歩いた荷担《にかつ》ぎの話なぞがよく出ています。夕暗《ゆうやみ》の立ちこめた町の小路で、ふと行き摺《ず》りの美女に呼び留められて、入り込んだ邸《やしき》の中が眼の醒《さ》めるような宮殿で、山海の珍味でもてなされたような物語が、よく出てきます。その時の私の気持が、ちょうどその荷担《にかつ》ぎだったといったら、いいでしょうか?
今は午前中で、まだ黄昏《たそがれ》でもありませんし、またここがそれほどの宮殿とか、山海の珍味だとかいうのではありませんけれど、それでもなんだか狐《きつね》につままれたような、心地です。頭の芯《しん》がトロトロと微睡《まどろ》んで
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