浜行きの乗合《バス》が出るということですし……仕方がない、草臥《くたび》れても饑《ひも》じくても、大野木まで行くほかはないのです。
艾《よもぎ》や芒《すすき》を分けて、私の歩いて行く後方《うしろ》から娘はゆったりゆったりと、馬を打たせて来るのです。まだ時々、胡散《うさん》臭そうに唸《うな》っている犬を制止しているようでしたが、どんなに美しくても、珍しい混血児《あいのこ》でも、こんなに落胆した気持の時では、もう何の興味でも好奇心でもありません。夢見心地でぼんやりと私は、肉刺《まめ》のできた足を引き摺《ず》っていましたが、その姿が哀れだったのかも知れません。
「どこからいらしたの?」
と背後《うしろ》から声をかけられました。
「あの山の向うから、来たんです」
と、私は山を指さして、また歩き出しました。しばらく馬の跫音《あしおと》が続いていました。
「じゃ、豊沢の方から……?」
ややあって、また聞こえてきました。
「そんなところ、僕、知りません。僕は雲仙《うんぜん》から来たんです。南有馬へ出るつもりで、道を間違えて……」
「まあ、雲仙から?」
「道を間違えて、面倒臭いから小浜へ出ようと思ったら、また間違えて、昨夜《ゆうべ》は野宿しちまったんです」
ぼんやりと俯《うつむ》いて歩いていましたから、もう、娘が何を聞いたかを、覚えておりません。歩いていたら、娘がまた、呼んでいるのです。
「そっちへ行くと、違うわよ! ……こっちの方、こっちの方!」
いうことが飲み込めなくて、立ち停まって顔を眺《なが》めていたら、
「じゃ、家へ寄って、休んでらっしゃるといいわ……パパに、そういいますから」
娘の家は、その辺から曲るのか、大分離れた草原の中に馬を立てて、こっちを眺めているのです。私もぼんやりと、娘の姿を眺め返していました。あんまり草臥《くたび》れて、ガッカリした時には、急に礼なぞは出てこないのかも知れません。
「わたしの家へお寄りになるんなら、こっちよ」
そういうわけで私は、碌々《ろくろく》礼もいわずに、この娘の後に跟《つ》いていったのです。
二
今度は娘の後からついて行きますと、草むら隠れに小径《こみち》がうねうねと、そのうちに山に囲まれたこんな無人の地帯には珍しい、白砂利の陽《ひ》に燦《きら》めいたまるで都会のような道路へ、出て来ました。
そして
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