り、といった言葉がしみじみと思い出される。この大規模な溝渠《インクライン》を設けた人も、そこに遊び戯れていた娘たちもすでに亡く、その話を私に伝えてくれた青年も、もはやこの世の人ではない。
人の命の脆《もろ》さ儚《はかな》さが、今更のように胸に迫ってきて、哀切|一入《ひとしお》深きものがある。
東水の尾岬の突端に立つ。なるほど、故青年が激賞したとおり、天下の大景観である。
断崖《だんがい》の直下、脚下|遥《はる》かの岩に砕くる数丈の飛沫《しぶき》は、ここに立つもなお、全身の濡《ぬ》れそぼれる心地がする。魂《こん》飛び眼|眩《くら》めくというのは、こういう絶景を形容するに用いる言葉であろう。
万里の波濤《はとう》を俯瞰《ふかん》し睥睨《へいげい》する大ホテル現出の雄図、空《むな》しく挫折《ざせつ》した石橋弥七郎氏の悲運に同情するもの、ただひとり故柳田青年のみならんや!
見終って、地下工事場跡へ歩を転じた時、水番の六蔵の出迎え来たったに逢《あ》う。
「到頭あのお若けえ書生さんも、お亡くなりなせえやしたか? そりゃまあ、お気の毒なこんで……さぞ親御《おやご》様も、お嘆きでござらっしゃりましょう」
と朴直《ぼくちょく》そうな六十|爺《おやじ》は、湖岸から半道あまりを駈《か》けつけて来た禿《は》げ頭の汗を押し拭《ぬぐ》いつつ、悔やみを述べる。
「でもまあ、有難てえ、といっちゃ悪《わり》いでやすが、……こいでまあお嬢様お二人も、もうこの世に何にも思い残しなさることもねえようなわけで……今頃はお三人で、楽しく三途《さんず》の川原ででも、遊んでおいででやしょう……なむまいだぶ……なむまいだぶ……」
六蔵に連れられて、牧田氏、都留氏ともども、地下工事場跡を見る……故石橋氏邸の焼け跡を見る……柳沼を見る。
壮大とか、瀟洒《しょうしゃ》とか、幽邃《ゆうすい》とか、余計な形容詞なぞは、一切省くことにしよう、ことごとく青年の話の中に詳しいから。
ともかくこれらを見た私の感じを一言にしていえば、故青年が私に話してくれたところには、一点一画のウソも偽りもないということであった。
地下工事現場には、大勢の人夫が入り乱れて、福岡の貝塚合名会社地所部とした貨物自動《トラック》車が、十二、三台、盛んに取り毀《こわ》した工事場の鉄梁《ビーム》や、鉄柱を積み込んでいた。
福岡に建つ大き
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