》られた、夏草茂る盆地……ゆるやかな一面の大野原……しかもしかも、その野草の中ほど小高い丘の上に二、三本の松の木がヒョロヒョロと聳《そび》えて、その根元にハッキリと並んだ二つの墓……。
もう疑いはありません、ジーナとスパセニアの墓です。そしてそしてあの墓の下に、額《ひたい》を撃たれて糜爛《びらん》したジーナと、スパセニアの亡骸《むくろ》が私を恨《うら》んで、横たわっているかと思うと、見えも恥もなく、総毛だってガタガタと私は、震え出しました。
もう間違いはなく、あの二人は亡霊だったのです。今の世の中にあるもないも何もあったものではありません。私が訪ねて来たことを知って、水の尾村へ行くことを知って、墓から抜け出して、この態笹の道を通ってあの栃《とち》と※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》の木陰から、姿を現したものに違いありません。
しかも、そうとは知らず、あの淋《さび》しい薄暗い山道を、二時間も三時間も連れ立って……あの青白い顔、淋しいほほえみ……また明日《あした》お迎えに……上がりますわ……。
その瞬間、私の思い出したのは、あの神保町《じんぼうちょう》の人混《ひとご》みの中で見たジーナの姿だったのです……それから一週間ばかりたって、門前に佇《たたず》んでいた、あの恨めしそうなスパセニアの顔だったのです……そうだ、もうあの時は、二人とも死んでいたのだ。そして死ぬとすぐ二人とも、私を迎えに魂が飛んで……来た……のだ!
「おうい、ちょっと待ってくれえ! 旦那《だんな》様、どうしましたえ? 早くいらっしゃいませえ!」
と、亭主は向うから声をかけましたが、私は立ちどまったまま、足が竦《すく》んで進まないのです。ただ意気地なく、からだがガタガタ震えて……。
何と叫んだか、もう覚えがありません。気が付いた時は夢中で、私は山を駈《か》け上っていたのです。今来た水の尾への道を!
そして、私が逃げて来ると同時に、先に進んでいた連中もワーッと血相変えて、算を乱して駈け上って来るのは覚えていましたが、ただそれだけ! 悪寒《おかん》のようにからだがブルブルブルブル止め度もなく震えて、息を継いでは走り、また継いでは走り、そのほかのことは何の覚えもありません。ただ、いくら走っても走っても、今見た墓の恐ろしさだけが眼に焼き付いて、何としても離れないのです。
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