はずはありませんけれど、もしも何かの間違いということがあって昨夜|逢《あ》ったのがほんものの姉妹《きょうだい》で、もし今日私を迎えに出て来てくれた場合、いきなり暗雲《やみくも》に切ってかかられてはなりませんから、その大鎌だけは見合せにしてもらいました。
ともかく、私は昨夜まんじりともしていないのです。二時が鳴ったのも知っています。三時を打ったのも知っています。そして四時も……つい、とろとろとしたら、もう朝の五時……遠くで鶏《とり》が鳴いたかと思ったら、もうワイワイと棍棒、鳶口の一隊です。
亭主に催促されるまま、朝飯もそこそこに私も身支度《みじたく》を整えましたが、今考えてみてもその時の自分の気持だけは、私にも、どうしてもわからないのです。昨日までの私は、ただジーナやスパセニアが懐かしい、恋しい気持で一杯でした。しかし、今はもうそんな気持は微塵《みじん》もないのです。ただ絶えず襟元《えりもと》首を冷たい手で撫《な》で回されてるような、ゾクゾクした気持で一杯です。そしてその中から、この一隊のことを笑えない好奇心にも燃えていました。
ただ違うのは、棍棒や鳶口の一隊は、幽霊ということにすべての好奇心が動いていたのでしょうが、私のは何かの行き違いということもあって、墓の主になっているのはジーナやスパセニアではなくて、あの二人はひょっとしたらやっぱり今日、私を迎えに出てくれるのではなかろうか? というところに、万一の好奇心が動いていたといった方が、いいのかも知れません。
十三
ともかく昨夜の怯《おび》え切っていた姿はどこへやら! 今朝《けさ》は大勢仲間がいるからかも知れませんが、いずれも意気|颯爽《さっそう》として、燃えるような好奇の眼を光らせています。雄風凜々《ゆうふうりんりん》として、鬨《とき》の声を上げんばかりの張り切りようです。夏の早暁の、爽《さわ》やかな朝風を衝《つ》いて、昨夜二人と別れたあの石橋のところまで来ました。
「旦那《だんな》様、ここまで送って来たとか仰《おっ》しゃいましたな?」
と、亭主が寄って来ました。
もちろん、森も、山も、野も丘も、まだみんな深い朝靄《あさもや》の中に眠って、姉妹《きょうだい》の姿なぞの、その辺に見えようはずもありません。一同の緊張がいよいよ増して、昨日二人の分け入っていったあの萱《かや》や、薄《すすき》、
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