どんなに書き辛《づら》かろうとも、また書き損なって真っ黒々の消しだらけにしようとも、なぜもっともっとせっせと片仮名のハガキや手紙を出さなかったろう? ……と。二人は、さぞ私を恨《うら》んで死んだろうと思うと、いても立ってもいられぬくらい、心苦しさが感じられて、夢に夢見る気持のうちにも、ただそのことばかりが、痛切に胸を刳《えぐ》ってならなかったのです。
 が、しかし、亡くなったということは、それで確実だとしても、さっき一緒に連れ立って来たあの二人が、亡霊であろうとは! これだけは何としても、信じられません。そんなバカげたことが、今の世の中に一体、あり得ることでしょうか? 今の世の中に、人間の亡霊なぞということが!
 が、しかし、そうして二人が死んでしまっていることが確実とすれば……それなればさっき連れ立って来た、ほほえんでいたあのジーナとスパセニアは、一体何者だということになるのでしょうか?
 しかも、さっきあの二人は、明日《あした》の朝また迎えに来ると……この橋のところまで、迎えに来るといっているではありませんか! バカバカしい、山の中のこんな無知な宿屋の亭主や、石屋のオヤジなぞと話してるよりも、明日の朝になれば、一切わかることなんだ……きっと死んでる人が、人違いかも知れないんだと、私は心の中で叫びました。……が、しかし……さっき逢《あ》ったあの二人も、そういわれてみれば、何だか寒けのするような人だったし……。
 その私の考えが顔に出て、自然亭主や石屋にも感じられたのかも知れません。
「明日またいらっしゃるなぞとは、飛んだことでございます。絶対に、いらっしゃってはなりましねえ。旦那《だんな》様をお連れするために、出ていらしたに違《ちげ》えございません。旦那様は、魅込《みこ》まれてらっしゃる! 恐ろしいこんだ……恐ろしいこんだ! 旦那《だんな》様、決していらっしゃっちゃなりましねえ……命はごぜいましねえ!」
「しかし、幽霊なぞと……そんなバカなことが! 信じられん……どうしても、僕には信じられん!」
「いくら旦那様が仰《おっ》しゃっても、幽霊が出たものは、仕方ねえじゃごぜいやせんか? では、早い話が旦那様! 旦那様はさっき仰しゃいましたでしょうが! 村の境《さかい》の石橋のところまで、送って来てくれたと。それでございます。……一体その時刻は何時でございます? その時間
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