《ふもと》に――父親の眠っている墓の傍らに、一時仮埋葬をすることにしたというのです。が、その後何日かたって、水番の六蔵と馬丁《べっとう》の福次郎が来て……。
「そうさ……あれはいつ頃じゃったっけなア……何でも二十日《はつか》ばかり過ぎた時分じゃ、なかったけがと思うでやすが」
と、石屋は頻りに思い出そうとしているのです。
水番の六蔵と、馬丁《べっとう》の福次郎とが来て、
「お嬢様たちはいつもわたしたちはあすこが一番好きだから、死んだらあすこへ埋めてもらうのよ! と口癖のようにいってなさっただから、今度警察の許可を貰《もろ》うて、葬《とむ》れえ直すことにしただ。済まねえが一つ墓を彫ってくんどという頼みでやしたから、わっしが字を彫ったでがす……」
「その伊手市《いでいち》どんの彫った墓が、旦那《だんな》様がお逢《あ》いになったというあの笹目沢と赤名山との間の、栃《とち》の木《き》の下の分れ道になってるところを、何でも十二、三町ばかり下《さが》っていった原っぱに、建ってるんだそうでして……私はいって見たこたアございませんが、松の木が二、三本|生《は》えてる根っ子で、えらく景色のいいところだとか……」
「そして、墓は何と彫ったのです……?」
「お嬢様の名前でやすが……何てったっけなア……えらくムズカシイ名前で……石橋……スサ……バンナ……スサバンナ……てったっけなア……?」
「スパセニアでしょう?」
「そうそう……スパセニア……スパセニア……石橋スパセニアの墓……もう一つ……これは覚えとるでがす。石橋ジェンナの墓……」
「……ジーナ……」
「そうでやす、そうでやす……ジーナ……ジーナ……石橋ジーナの墓……」
そして大きさはこのくらいと、手で示したところを見れば、大体一尺二、三寸くらい……ごく小さなものですが、石はこの辺から出る三根石《みつねいし》という、やや暗紫色がかった艶《つや》のある石に、刻んだというのです。これで、もういくら私が疑がってみたところで、いよいよジーナも、スパセニアも、死んだことに間違いはありません。
聞けば聞くほどただ私にとっては、夢を見るようなことばかりです。もちろん私にも覚えがありますから、石屋の伊出市《いでいち》や亭主のいうことがウソだとは、決して思いません。そして、決して私に、悪意があったことではありませんけれど、そんなに待っていたのなら、
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