い込んで、お前がいるからあの方は来て下さらないんだわ、いいえ姉さん、貴方《あなた》がいるからよ、といい争いが昂《こう》じて、勝気な妹が、到頭姉に拳銃《ピストル》を向けるようなことになったのではなかろうか? と、この邸《やしき》の馬丁をしていた福次郎が、この村へ来た時に、知り人に話していたというのです。そして赫《か》っとした弾みに、姉に発射はしたものの、やっぱり大学生からは何の音沙汰《おとさた》もなく、父も姉もいなくなった淋《さび》しさに堪え切れずに、その勝気な妹も湖水に身を投げて死んでしまったのではなかろうか? という福次郎の話だったというのです。
 しかし福次郎とても、家が焼けてしまってからは、農場の農夫や、水番の六蔵ともども大野木村の開拓民たちのところへ行って、滅多に山へ上ることもないのですから、詳しいことを知ろうはずもありません。ただ、多分そうであろうという推察だけなのですが、ここにその推察を裏書きするものは、さっきもいったとおりに……。

      十二

「そ、そこんところは藤《とう》どん、わっしから且那に申上げよう。わっしは、現にこの眼でお嬢様たちの死体の上がったところを、見てるだから……」
 と、亭主の言葉を引き取って、石屋の伊手市が膝《ひざ》を進めました。
 姉妹《きょうだい》間に殺傷が行われて、姉の姿が見えなくて妹も入水《じゅすい》したらしいという風評を耳にした刑事や巡査の一隊が東水の尾へ登って来たのは、五月の六日頃……明日《あした》は水の尾村の鎮守のお祭りだというその前の日でした。
 日傭《ひよう》で雇われて手伝いにいったものは、大野木村から平戸の農民たち四、五人、山から降りていた馬丁《べっとう》の福次郎と、水番の六蔵、この村からはその時用があって小浜《おばま》にいっていた、この石屋と、もう一人庄どんという農夫の、二人だったというのです。
「その庄吉は、一昨日《おととい》からこの先の鰍沢《かじかざわ》さいって、まだ戻んねえでやすが……」
 湖は周囲一里半、山の影を映し、森を映して静まり返っていましたが、二、三日前に降った雨が、湖岸の森や林を洗って、殊《こと》にくっきりと鮮やかさを増しているように思われました。
 水番|小舎《ごや》の付近に繋留《けいりゅう》された小舟四隻に分乗して、湖心に漕《こ》ぎ出しましたが、湖底へ碇綱《いかりづな》を下ろす必
前へ 次へ
全100ページ中78ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
橘 外男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング