も分かぬ薄暗《うすやみ》に包まれていました。
「では明日《あした》また、この辺までお迎えに上がりますから」
「いいえ、いいんです、いいんです! こんな遠くまで……では、明日は早くいきますよ……さっきお逢《あ》いした、あの木の下を左へ曲ったところですね……家が建ってるのは……?」
 暗の中で、二人がうなずいたように思われます。
「それならここで……さようなら……」
 二人はほほえみながら、そこに立ちどまりましたが、やがて縺《もつ》れ合いながら段々と、暗の中へ溶け込んで……到頭見えなくなってしまいました。そして、見えなくなっても、ぼんやりとまだ私は、二人の後を見送って佇《たたず》んでいたのです。
 二人の送って来てくれたところは、村境《むらざかい》とみえて、そこには夕暗にも著《しる》く、大きな自然石を並べた橋が架かって、橋の向うはもう坦々《たんたん》たる村道になっているのです。遥《はる》か彼方《かなた》に、灯《ともしび》が瞬《またた》いて、私の方はこの村道に沿ってさえ行けば、やがて教えられた村の宿屋にも行き着くでしょう。が、二人はこれからあの淋《さび》しい夜道を……空に星が燦《きらめ》いているとはいえ、あの淋しい山道を、二里半もどうやって帰って行くのでしょうか?
 馬に乗ったからとて淋《さび》しいし、犬を連れたからとて淋しいのに、その馬もいなければ犬もなく、あんな淋しい山の中を、一体どうやって帰って行くのでしょう? ……懐中電灯でも持っているのか知ら? ああ、もっと早くあの二人に帰ってもらえばよかった! と、私はぼんやりして気づかなかった自分を後悔して、二人の消えた暗《やみ》を見送っていました。
 そして、なぜ今もそんな淋しいところに、家を建てて住んでるのか知ら? どうして山を離れる気になれないのだろう? なぞと取り留めもないことを考え耽《ふけ》っていましたが、いくら後悔して立っていたからとて、もう見えなくなってしまったものを、仕方がありません。
 まごまごすれば、夜の帳《とばり》はいよいよ迫って来て、村まで行くにさえ、差し支えそうになってきます。気を取り直して私は、星空を頼りに、その村道を辿《たど》り始めました。もう人家間近まで来てながら、二人に別れた後は、いよいよ身を切るばかりの寂寥《せきりょう》が襲ってきて、この時ほど私は心の底から淋しさを感じたことはありません。
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