れから水の尾村へ行って、明日《あす》は村役場へ行ってみるつもりでいたんです。しかし、貴方がたに逢《あ》えば、もうその必要はない。これで安心した……さ、どこにお住居です? 連れてって下さい……今どこに……?」
「わたくしたち、火事に遭いまして……それに父も亡くなりまして……」
「お、お父様が、お亡くなりになったんですか……知らなかった、知らなかった……それで今、どこにいるんです?」
「このずっと先に……みんなで小さな家を建ててくれまして……二人で、そこに住んでおりますの……」
「じゃ、さあ、行きましょう、そんなら何も、水の尾なぞに、行く必要はないんです」
 と私は勇み立ちましたが、なぜか二人は浮かぬ顔をしているのです。
「でも、そこはほんの二人だけの……陋《むさ》くるしいところですから……せっかくいらして下さっても、お泊めすることもできませんの。……ですから、せっかくいらして下さいましたけれど……今夜は水の尾へお泊りになって……明朝《みょうあさ》もう一度訪ねていただけません? そうすれば……わたくしたち途中までお迎えに上がりますから……」
 あとから思えば、せっかくこれほどまでに意気ごみ切って逢《あ》えたのですから、二人とも、もっともっと喜んでくれてもよさそうなものを……と、多少不本意に思わぬでもありません。二人とも妙に口数が尠《すくな》くて……そして気のせいか、それとも薄暗い木陰のせいか、顔色が青ざめ切って、悄然《しょんぼり》としているように思われます。
 が、今聞けば、家が焼けたさえあるに二人の頼りにし切っている父親まで亡くなったというのですから、これでは気の浮こう道理はありません。そして約束を破った私に腹を立ててもいるのでしょうから、沈み切っているのも無理はない……とその時は思ったのです。
 ともかく聞いてみたいことは山ほどあります。父親も亡くなったのに、なぜまだ二人は、こんな山の中に住んでるのか? それなのにどうしてこの春は、神保町《じんぼうちょう》でジーナに逢い、スパセニアはわざわざ私の家まで訪ねて来たのか? 水番の六蔵や馬丁《べっとう》の福次郎、農夫たちの姿も見えなかったようだが、みんなまだいるのかどうか? そして今見れば、ペリッもいないようだが、あの犬や馬はどうしたのか? それからそれと聞きたいことは胸一杯わき起っていましたけれど、では何事も明日《あした
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