き下さったからとて、もう自分は余命いくばくもない身の上だから、それまで生きてもいないだろうし、第一、先生に、質疑するだけの気力もない。ただこの話を聞いて下さるだけで、もう充分に、満足なのである。
ただ、できれば一つだけお願いしたいと思うことは、どこそこの何というところに、コレコレこういう恰好《かっこう》をした、墓が二基並んで建っている。いつか先生が御都合がよろしい時に……十年たってもいいし、十五年先でもかまわぬけれど、もし向うの方へ御旅行になった時にでも、私の申上げたところを一度実地に見て下さって……私はあまりの恐ろしさに、到頭見ずに逃げて帰って来てしまったが、もし私に代って先生がその墓を見て下さったならば、どんなにどんなに、うれしいか……先生、私は、草葉の陰から手を合わせて先生に、お礼を申上げています……。
私は耳を澄ませて病人の話を聞いていた。
「……死にかけてる人間が……何を夢のようなことをいうと……長い病気で……長い病気で……」
と病人は息を弾ませた。
「いい加減なことをいってると……先生はお思いになるか知れませんけれど……先生、ウソではないのです……私は決して……ウソを申上げてはいないのです……」
「わかりました……わかりましたから、そう昂奮《こうふん》してはいけません」
と、私は制した。
「お易《やす》い御用です」
と、承諾した。
「貴方《あなた》のお話が、ウソなぞと決して思いません。思うくらいなら、こうやってお話を伺ってはおりません。……ただ……ただ、お聞きしたところで私には、何のお役にも立つことができませんが、しかしそれで貴方のお胸が晴れるのなら、喜んで伺わせてもらいましょう。どうぞ、気の済むまで、お聞かせ下さい。……それから、その土地へ行って貴方の仰《おっ》しゃったお墓を、見るということ。外国では困りますが日本国内なら、どこでも結構です。都合なんぞかまいません、スグ行ってみることにしましょう。行って貴方の代りに、見て来ましょう。ハッキリとお約束します」
「先生、もう何にも……何にも……申上げる言葉が……ありません……」
と瘠《や》せ衰えた頬《ほお》に、ポロポロ涙を伝わらせながら蒲団《ふとん》に顔を隠して、枯木のような手を差し出した。その手を握りながら、病人の話しやすいように、もう一膝《ひとひざ》私が乗り出したといったならば、もはやこれ以
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