ました。どうもそういう様子が仄見《ほのみ》えるのです。
 そして私も、別段この従妹が嫌いというのではありません。今までは綺麗《きれい》だなと思ってもいましたが、それは、九州へ出かけるまでの話であって、あの二人に逢《あ》った後は、まったく事情が異なってきたのです。
 この従妹なんぞ、あの二人に較《くら》べれば月と鼈《すっぽん》ほどの違いです。私には、上手に女の比較なぞはできませんが、姉のジーナは靨《えくぼ》を刻んでパッと眼が醒《さ》めるように艶麗《えんれい》ですし、スパセニアは大空の星でも眺《なが》めるように、近寄り難い気品を漂わせて、ほんとうの美人というのは、こういうのを指すのだろうかという気がします。二人とも卵を剥《む》いたようなすべすべの皮膚をして、どんな点を較べてみても、こんな従妹なんぞ問題ではないのです。そして変なことをいうようですが、ジーナの前へ出ても、スパセニアと話していても、私は堪え難い情欲に悩まされました。しかも悩まされながらその情欲が、また何ともいおうようなく生き甲斐《がい》というか、充実した人生というようなものを、私の胸一杯に感じさせていたのです。が、こんな従妹となぞ、小半日鼻突き合わせていても、そうしたものの片鱗《へんりん》さえも感じはしないのです。私はまったくもう、あの二人に捉《とら》われ切っていました。
 ともかく夏休みになったら、夏休みになったらと、半月後に来る夏休暇を、どのくらい待ち焦がれたか知れませんでしたが、困ったことに休暇に入る四、五日前から、身体の具合が思わしくなくて、到頭寝込んでしまいました。
 以前に患った肋膜《ろくまく》の再発だと、医者はいうのですが、ただ再発だけなら、親もそれほどは驚かなかったかも知れません。が、左肺がかなり進行しているから、絶対安静にしろ! といわれて、レントゲンだ、ほら血沈だと、母なぞは今にも死ぬような心配をしているのです。
 暑い間は、伊東の別荘で寝て暮すことにして、行くのにも自動車を徐行させて、牛の這《は》うようにノロノロと……車中で寝ていられるように、扇風機を取り付けたり、氷柱を入れさせたり、引っ繰り返るような騒ぎを演じているのです。その親心を、有難いと思わぬではありませんが、こんな病気くらい、一思いに九州へ飛んでいって、ジーナやスパセニアと馬の二、三回も走らせれば、スグ癒《なお》ってしまうのに
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