生は再びピアノに向われました。
 私たちは前にも増して、一心に耳を澄ませましたが、初めに轟々《ごうごう》と北風を甍《いらか》を吹き、森の梢《こずえ》を揺すっているような伴奏が聞こえてきました。その騒音に入り交じって、時々人間の呶号《どごう》が響き渡ってくるのです。と、やがてどこからともなく澄み切った尺八の音が、哀韻《あいいん》切々と耳を打ってきました。
 しかも我々の耳をそばだたしめたのは、それから五分か、十分くらいも曲が進んだ頃、またもや嵐のような喚声と叫喚の中に、柴《しば》にでも火をつけたように、パチパチと何か燃え上がるような音がしました。そしてその後でぼうと烈風のような凄《すさ》まじさを伝えてきたのです。それが已《や》むとひっそりと静まった中に、バサッ! と物の崩れ落ちるような音がして、後はただ静かな伴奏の中に梟《ふくろう》か何かの不気味な啼《な》き声が聞こえながら、そのまま、自然自然と曲は終りを告げてしまいました。
 何ともいえぬ後味でした。しかも曲が終っても、誰も一言も口を開くものはありません。みんなじっと黙りこくっているのです。ただその中に先生だけが譜本を差し替えて、シュト
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