んが、三浦さんの子供の時からのお友達なのですが、まだ一度も三浦さんの曲を聞いたことがないと言われるもんですから」
 と官房総務部長が私を指して言うのです。
「よろしい《グート》」
 と先生が独逸《ドイツ》語で答えられました。
「弾イテミマショウ……ワガヨウジノオモイデ……ナルホド《ヴィルクリッヒ》……我ガ幼時ノ思イ出トイウ題デスネ……作者ジョー・ミウラ」
 と声に出して読み上げながら、先生はピアノの前にかけられました。ポンポンと涼しい音が、先生の枯れた指の先から迸《ほとばし》り出てくるのです。しばらくそうして掻《か》き鳴らしているうちに、曲意が飲み込めたのでしょう、改めて先生は初めから緩やかなテンポで、弾き始められました。
 が、私の言いたいのは、その瞬間だったのです。調子を取るように、一弾き一弾きペダルに力を込めて前後に身体を揺すっていられた先生は、やがて楽譜一枚くらいも弾奏し終えたかと思う頃合に、
「ヤッファ・ツォーイ!」
 と、……私はその発音を、何と紙の上に現したらいいかを知りません。これは独逸語でもなければ、英語、仏蘭西《フランス》語でもないのです。しかし独逸人に限らず、亜米
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