#ローマ数字2、1−13−22]としるしをつけた北向きの座敷の前あたりへ来た時に――この部屋は杉の木に前を掩《おお》われて、陰惨な家全体の中でも殊《こと》に陰気くさく、昼間でも幽霊でも出て来そうなくらい、暗い部屋でしたが、この部屋の隅に黒光りのするのが横たわっていたのです。
「おや、あれはピアノじゃないですか?」
 びっくりして私は足をとめました。
「誰のです? あれは」
「ここは旦那《だんな》様のお部屋でして……」
 と老爺《ろうや》を立ちどまりました。
「旦那様が帰んなすった時にお弾きになるでがす。旦那様アもう一つ名古屋にも持ってござらっしゃるだが、とてもお好きだで、ああやって大事にしまってあるでがす。お帰りになった時しょっちゅう鳴らしなさるだで」
「奥さん?」
「いんね、旦那様でがすよ」
「ほう、棚田さんがねえ、ピアノをねえ、ちっとも知らなかったが……へえ! ピアノをねえ!」
 爺《じい》やの言うのには、昨年の暮れも棚田夫婦は半年も滞在していたと言うのです。自分はよくわからぬが、何かお役所で面白くないことでもあったとみえて、お役人を止《や》めるとか止めぬとか……御夫婦で半年もここ
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