党に箕村数人《みのむらかずと》という有名な清節の長老があって、たびたび大臣も勤めた人でしたが、どういう魔が射したものか、この長老が大阪の松島という遊廓《ゆうかく》の移転事件に連座して、疑獄を惹《ひ》き起し、松島事件として一世を騒がせたことがありました。この事件に棚田判事が抜擢《ばってき》されて、裁判長として法廷に臨み、被告を懲役三年半に処す! と厳酷な刑を宣言しているところなどが、新聞を賑《にぎわ》せていたのです。
 当年の屋敷の青白い子が、今では堂々たる裁判長に出世して、大政党の長老の罪を裁いているのに、よほど感慨を催したとみえて、たまに子供を連れて、静岡の隠居所へ行ってみると、
「どうだ、なかなか、えらいもんになったじゃないか、あの子も。……こうしてみると、ついこないだまで洟《はな》を垂らしていた坊主とはどうしても見えんて」と、父は眼を細くして一度読んだ新聞を飽かずに、何度でも眺《なが》めているのです。
「そりゃあなた、この子だって東京へ帰って聴診器を持たせたら、立派な先生様ですもんな。親はいつまでたっても子供を五つ六つにしか考えませんけれど」
「そうかそうか、なるほどなア。子供が
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