のは、何もそんな大きな屋敷や、古い石垣のせいばかりではありません。子供心にも何ともいえず薄気味悪かったのは、祖母からしょっちゅう聞かされた棚田の先祖の話だったのです。
棚田の家の裏手に大きな杉の森がそびえていることは、今も言ったようなわけでしたが、この森の中には、昔から土蔵がいくつか飛び飛びに並んで、奥庭の築山《つきやま》の裏手には、真っ青な水の澱《よど》んだ広々とした沼があって――それも一個人所有の池とも思えぬくらい広々とした沼があって、その涯《はて》は一面の雑木林が野原の中へ溶け入っているのです。この野原へ出ると、芒《すすき》や茅《かや》の戦《そよ》いでいる野路の向うに、明神《みょうじん》ヶ|岳《だけ》とか、大内山《おおうちやま》という島原半島の山々が紫色に霞《かす》んで、中腹の草原でも焼き払ってるのでしょうか、赤い火がチリチリと煙《けぶ》っているのが夏の夕方なぞよく眺《なが》められました。祖母の言うのには、棚田さんへ遊びに行っても、裏の杉の森や、池の近くへはどんなことがあっても行ってはいけないよ。あすこには昔仕置き場があって、殺された人の怨霊《おんりょう》が迷ってるから、幽霊が
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