「へえ、あなたに姉さんがおありでしたか? ちっとも知りませんでしたねえ」
「あったんですよ、子供の時から脇へ預けてありましたから、あなた方は御存知なかった」
と、青年は淋しげにほほえみました。親の許《もと》へ帰ったのは、その姉が十三の年だというのですから、もう私たちが大村を立ち去った後のことだったのでしょう。なぜよその家へ姉が預けてあったかなぞということも、もちろん青年は言いません。
「……ちょうど姉が十七の年だったんですがね。僕は姉が父とそんな深い諍《いさか》いをしたということも知りませんでしたが、ある朝僕が起きて見たら、家の中がいつもと違っているんです。母も座敷にいなければ、父もいません。おまけに、小作人夫婦もいないのです。築山《つきやま》の向うで……池の方で人声がするような気がして、僕は起き抜けのまま、寝巻き姿のままで行って見たんです。父も母も小作人夫婦も、みんなそこにいるんです。池の中に大きな石が、二つ三つ顔を出しています。父はその石の上に乗って水の中へ顔を浸けんばかりに、池の中を覗《のぞ》き込んでいるのです。母は水際にしゃがんで、眼頭《めがしら》を抑えています。そして小作人
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