のは、それから何年くらいもたった時分だったでしょうか? その頃には、父も退隠して、最後の任地であった気候の穏やかな静岡の郊外で、悠々と余生を送っていました。私も大学を卒業して大学病院の実習も終り、一人前の医師になって、久しぶりで静岡の父母の家へ遊びに行っていた時ではなかったかと思いますが、一遍お訪ねしろ、お訪ねしろと母からもやかましく言われていますが、なかなかそんな暇もないんですからと、夏休みで大村へ帰る時にわざわざ晃一郎氏が訪ねて来てくれたことがありました。
子供の時分は色白な顔をしていたようでしたが、今逢う晃一郎氏は痩《や》せ形の浅黒い見るからに凜々《りり》しい一高の学生になっているのです。文科の乙二年生だということでしたが、お父さんはお丈夫《たっしゃ》か? お母さんもお変りはないかなぞと父母も珍しがって歓待に努めました。長らく県下の郡長なぞを勤めていた、お父さんはもう五、六年も前に世を去っていると聞いて驚きましたが、話を聞いたところでは、九州の辺鄙《へんぴ》な城下町の、殊《こと》に郊外の昔の武家屋敷なぞには大した変化もなく、昔のように淋《さび》しいあの大きな屋敷には、今では母親
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