の》いて私の眼前に立ちはだかっていた人波が一時に崩れ立った。
 その人|雪崩《なだれ》に危うく突き倒されそうになって、身を替《かわ》した途端、崩れ立った人垣の間から私は、見るべからざる物を眺めてしまったのであった。それは往来の、丸められた蒲団の下からムクムクと起き出した女が――ボロボロに焼け焦げた着物の恰好から、私も確かにそれを年増の方の女だと見たのであるが――突然に泳ぐような足取りで、フラフラと立ち出でて、二足三足歩み出したかと思う間もなくたちまち、バッタリ倒れて、
「いけねえ、いけねえ! もうみんな助かっていると言うのに! お内儀《かみ》さん! 動き出しちゃいけねえじゃねえか!」
 と叱りつけるようにして、その後から一人の男が大急ぎで蒲団を広げて追っ駈けてゆくところであった。
 時間にして、わずか五秒かものの十秒とも経たぬ瞬時の出来事なのであったが、私の生涯忘れることのできぬ映像を焼きつけられたのは、立ち上った時のそのお内儀さんの顔であった。頭髪も眉毛も皮膚もすっかり爛《ただ》れ落ちて、頭の皮が剥《は》がれてしまったと見えて顔頭の区別もなくただベロンとノッペラボウに腫れ上って、もう
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