あ! ああ!」
 と身も世もなくおろおろ声をふり絞っていた。
 その間にも、組んず解《ほぐ》れつ、焔の塊《かたまり》は互いに往来を逐《お》いつ転げつしていたが、私にもようやくおぼろ気ながらに、この場の様子が呑み込めてきた。走り狂っていると思ったのは私の見誤りであった。
 男一人と女二人、全身火焔に包まれた年若い娘の火を揉み消そうとして、これも火焔に包まれた年増《としま》の女が必死に追っ駈けている。そのまた女を追って火焔を上げた男が、女の火を叩き消そうとして狂気のように苛《あせ》っている。火の玉が三つ巴《どもえ》になって、互いに追っ駈け合っているのであった。そしていずれも烈しい焔を全身から放った火達磨《ひだるま》のような恰好で、組んず解れつ街路を転げ廻っている。無残とも凄惨とも評しようのない地獄絵のような場面なのであった。

      三

 私も夢中で宿屋の中へ駈け込んで、帳場から座布団を搬《はこ》び出そうとしたが、もうその時には、奥から男衆たちがどんどん蒲団を担《かつ》ぎ出すところであった。
「幸さん! しっかりしなよう! もう大丈夫だあ! 今医者様が来るでなあ! すぐに医者様が
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